| 箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 八重桜 夢の共演・第2日目-3 |
| ●平野神社 |
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(平野神社の歴史は2003年春の項にあります) いつものように西大路通り側の鳥居から境内に入ると、ソメイヨシノはすでに散り終わり。最盛期には屋台とあふれんばかりの酔客でにぎわう参道が嘘のようにすっかり寂しくなっていた。 |
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今回は4回目の拝観だが、来るたびに微妙に時季が違うので桜の様子も全く違う。前回と同様に、本殿に向かって右側の紅枝垂れ桜を基準にしてみると、2003年の拝観時は完全に蕾、2004年は満開、2006年は7〜8分咲き程度、そして今回2007年は満開ピーク過ぎといったかんじ。 本殿に近いところから 神門を出たところにある早咲き枝垂れの魁(サキガケ)はもうすっかり新緑が初々しい葉桜だった。神門前側では他に、稲荷社手前の石碑の所に咲く小さな鬱金(ウコン)が可愛らしい。 平野神社関連サイトの桜情報を拝見すると、他にも聞いたことのないような品種がたくさん載っていて「あれれ?」と思ってしまう。実際、札がない小さな木などはなかなか見つけにくいので、次回はそのへんに注意しつつ一番開花が遅い組を見に来ることにしよう。そうだ、平野神社、何度でも行こう。 帰り際、修復されたという東側の大鳥居を見てみると、額の社号文字が『平野皇大神』(ひらのすめおおかみ)と変わっていた。平安時代に書かれた延喜式に基づいて、以前の『平野大社』から改められたそうである。しかし修復は2005年末のことだったようだ。2006年に拝観した時にはすでに変わっていたはずなのに全く気付かなかった! 次の本満寺へ向かうべく、老舗菓子店の「老松」に寄ってみやげを買ってから上七軒のバス停で市バスに乗り、河原町今出川バス停で下車した。 |
![]() ▲本殿からこぼれる白雲 ![]() ▲本殿に向かって右側の大内山 ![]() ▲胡蝶? ![]() ▲高いところに御衣黄もあった |
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まずは待望の豆餅をゲットするため、超人気店の「出町ふたば」へ。 本日最後の目的地、本満寺は出町ふたばの先からまたまた活気あふれる商店街を通りぬけたところにある。近道もあるかもしれないが、無難に西側の寺町通りから入ってみた。 |
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| ●本満寺 |
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応永17年(1410)、関白・近衛道嗣の子の日秀を開基として本願満足寺と号し、今出川新町の近衛殿敷地内に建立された。天文5年の「天文法華の乱」で焼失したのちに現在地へ移されたと伝わる。後奈良天皇の勅願寺となり、徳川吉宗の代には将軍家祈願所となった。 |
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八重桜が見られるという情報を聞いてやって来たが、境内のサイズに不釣り合いなほど大きな早咲き枝垂れ桜のほうが有名かもしれない。 門の先へ進むと左手に方丈があり、小さな方丈庭園の奥にはすっかり葉桜になった巨大な枝垂れ桜が。その横にはしめ縄(?)をかけられた夫婦岩(?)のようなものが配されていて、何やら霊験あらたかな雰囲気である。 正面には八重桜にすっぽりと覆われた小さなお社(七面大明神)があった。八重桜は関山だろうか、夕方の日差しにますます濃紅色が映えて美しい。(でも画像はへなちょこになってしまいました) 「七面大明神」というのは七面天女とも呼ばれる法華経の守護神で、美しい女性の姿となって現れるが、本体は龍なのだそうである。七つの顔を持つ奇怪な姿の神様なのかと思ったらそうではなかった。
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![]() ▲夫婦岩っぽいけど… ![]() ▲七面大明神と八重桜 |
| 法華経守護と言えば他にも普賢菩薩の絵を「最澄展」で(天台宗も法華経を重視するため)見た覚えがあるが、複数居るのだろうか?と思い、法華経とその信者を守護する神仏についてちょこっと調べてみた。 日蓮宗ではまず七面大明神や鬼子母神など。その他にも、日本の八百万の神は仏の化身であるとする「本地垂迹論」に基づいて、日替わりで三十人の神様(法華三十番神)がかわるがわる守って下さると考えるのだそうである。うひゃー。それは心強いかも。 日が暮れるまで境内でくつろいで、また寺町通り側から帰った。近道、あるのだろうと思うけど今回は無難に。
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