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【第3日目】6月4日 正伝寺龍安寺等持院
 ホテル
  ↓(地下鉄烏丸線)
 北大路駅
  ↓(タクシー)
 正伝寺
  ↓(徒歩)
 神光院
  ↓(徒歩)
神光院前バス停
 ↓(市バス)
千本北大路バス停
 ↓(市バス乗り換え)
竜安寺前バス停
 ↓
龍安寺
 ↓(徒歩)
等持院
 ↓(徒歩)
竜安寺前バス停
 ↓(市バス)
烏丸今出川バス停
 ↓
今出川駅
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京都駅


3日目はサツキ狙いの正伝寺・等持院に、多少スイレンが見られそうな龍安寺をプラスした北部コースにしてみました。まず、やや便の悪い正伝寺へ北大路駅からタクシーでササッと入ることにします。ドライバーのおじちゃん曰く「滅多に行ったことがない」とのこと。知名度はあるはずなのに人気はいまひとつなのでしょうか。



 ●正伝寺

東巌慧安が南宋の名僧・兀庵普寧(ごつたんふねい)から「正伝」の寺額を与えられ、それを寺号として文永5年(1268)に開山した。元寇の際に東巌慧安が蒙古降伏を祈念したため(?)のちに比叡山衆徒により破却されたが、弘安5年(1282)に加茂の祠官・森経久から寄付を受け現在地に再興され栄えた。応仁の乱で焼失後、秀吉・家康の援助で復興したが、現在は二堂を残すのみ。
方丈の広縁天井は伏見城遺構の廊下が用いられた血天井である。サツキの刈り込みが配された小堀遠州作の枯山水庭園は「獅子の児渡し」と呼ばれている。

▲ドラ(?) ▲庫裏

▲畑の中の鐘楼


正伝寺は、大文字五山送り火の船形を描く船山を背にした山腹にある。
静かな郊外住宅地のはずれにある山門から薄暗い参道を登っていくと、けたたましい音を立てて何かの作業車がゆっくり横切って行った。この周囲一帯はゴルフコースになっているとのことである。何故わざわざ名刹を囲むように遊戯施設を造るのだろう。ちょっと興ざめだ。

笑ってしまうほど簡素な山門をもうひとつくぐり、しばらく歩くと少し視界が開けてきた。細い坂道の左側は緑の濃い狭い畑で、その中に可愛らしい鐘楼が全く違和感無く建っている。なんてのどかなんだ…。
坂を登りきると、こじんまりとした植木に飾られた庫裏に着いた。さぁ「拝観二打」のドラを鳴らすぞ!と張り切ってふと横を見ると、ちょっと留守にするので拝観料置いて入ってね、との旨、張り紙が。残念。

受付のすぐ横に小さな方丈と枯山水庭園があった。
あまり広くない白砂の庭に七五三調に配されたサツキ株は予想以上にぽってりと大きく感じられる。南禅寺や龍安寺の「虎の児渡し」に対して「獅子の児渡し」とも呼ばれるそうだが、七五三を石で表した庭とは全く印象が違う。緑の清々しさと柔らかさが、シンプルな枯山水の緊張感を緩和しているような気がした。サツキは剪定が深いらしく花付きは少なめだが、緑とのバランスが程良く可愛らしい。

白壁の向こうは先ほど登ってきた参道周辺の木々で、そのはるか向こうにうっすら比叡山が見える。ガイドブックの写真からは想像できない圧倒的な奥行きと開放感が心地よい。

方丈(本堂)は伏見城の遺構と伝わり、広縁天井には伏見城落城の際に徳川方の鳥居元忠とその家臣が自刃したという廊下の板が使われている。今も血染めの手形などが黒く残っているが、厳粛な気持ちにこそなれ、あまり怖さを感じることはない。鈍感なのだろうか(^^;) 霊感が全く無く、怨念のこもっていそうな史跡も見学できてしまう自分が怖いと言えば怖いかもしれない。
方丈内部には狩野山楽の襖絵などがあるが、仰々しく展示されているわけではなくごく普通にふすまとしてそこに“ある”のがすごい。その他、動物の画の色紙や白い虎の襖絵なども不思議だ。

参道を下り山門を出て、住宅地の中をしばらく歩くと神光院に着く。偵察がてらちょこっと覗いてみた。


▲方丈の中から
▲庭園ほぼ正面
▲庭園右側



●神光院(神光院の歴史は2005年秋の項にあります)

神光院はちょっとしたハナショウブの名所だが、今回は小さな池のほんの2〜3株が開花を始めているのみで、やはり見頃はまだまだ先のよう。その他、少ないながらところどころに小さなサツキ株があり可愛らしい。何故か山門周辺には紅葉も見られる。
神光院前バス停から市バスに乗り、いったん乗り換えて次の龍安寺を目指した。 〈つづく〉


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