| 箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >>皐月、睡蓮、花菖蒲・第2日目-4 |
| ●戒光寺 |
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せっかくなので御陵衛士のお墓参りをさせて頂こうか、という気分で境内に入った。 境内右側にある本堂の存在をつい忘れてしまいそうだが、「御陵衛士のお墓参りの人はまずご本尊も参拝して下さいね」という意味の張り紙があるので忘れてはいけない。 江戸初期、後水尾天皇が暗殺者に襲われた際にこの像が身代わりになって血を流した、ということから皇室に縁のある泉涌寺に近いこの地に移転することになり、像は「身代わりの丈六さん」と呼ばれることになったそうなのである。首にはその時の血のあとが残るとか。 |
![]() ▲泉涌寺七福神の融通弁財天 ![]() ▲御陵衛士4名の墓所。左から2番目の ちょっと大きいのが伊東甲子太郎の墓 |
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ここの開祖である曇照上人は、鎌倉期に衰えていた戒律の教えを復興させようという精神のもと、泉涌寺とこの戒光寺を拠点に活動したそうである。ところが泉涌寺は律を基本としているものの天台・真言・禅・浄土の四宗兼学道場だったし、泉涌寺・戒光寺ともに現在は律宗でも真言律宗でもなく真言宗である。な、何故だろう? どの宗派でも戒律の重要さに変わりはないということなのだろうか。 最後に、お隣の即成院を越えて“飛び地境内”にある御陵衛士の墓へ。入り口の木戸が運良く開いていたので(いつも開いているのか?)おそるおそる入らせて頂いた。 |
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●即成院のサツキ ついでに(失礼!)那須の与市の墓がある即成院をちょっとだけ覗いてみた。与市さんについては全く勉強不足で、千葉県松戸市名産の「茄子のよいち漬」しか思い浮かばないが、那須の与市と松戸は無関係らしいということだけは聞いた覚えがある。 |
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●東福寺の緑とサツキ 拝観終了時刻を過ぎてしまっていたが、通行自由の境内で何か見られそうな気がして寄ってみたのである。すると日下門を入ってすぐのあたりにちょっと野性的なサツキがあった。 |
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右:奥に見えるのは禅堂 |
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帰路、東福寺駅近くの「ここはな」で冷たいものを飲んで一息入れた。いつも満員なのに落ち着ける不思議な和韓折衷(?)カフェである。 |