箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 花の命は長持ちで・第1日目-2

 ●水火天満宮

延長元年(923)都の水害・火災を鎮めるため菅原道真を祭神として延暦寺の法性坊尊意僧正により建立された。
道真の死後、都で相次いだ落雷(道真の祟り)を鎮めるため醍醐天皇の勅願により尊意が祈ると道真の霊が現れ雷雨がやんだことから、道真を祀ったのが起こりと伝わる。
昭和27年、堀川通り拡張に伴い現在地に移転した。

←境内奥の枝垂れ桜。ほぼ満開

水火天満宮、意表をついて「すいかてんまんぐう」と読む。観光名所ではないが、京都の花写真を撮り続けているかたのサイトなどで枝垂れ桜の画像をときたま見ることができる。3年前から噂を聞いていたのだが、今回ちょうど近所まで来たので晴れて訪ねることができた。

堀川通りに面した小さな鳥居の奥の境内はとにかく狭い。地元のご老人が談笑する庶民的な神社のようだ。
その狭い境内に枝垂れ桜が2本ぎっしりと詰め込まれるように枝を広げている。それがよくここまで育ったと思うほどなかなか立派な木なのだ。手前と奥では種類が違うようで、手前は5〜6分咲き程度、奥はほとんど満開に近い。隣で工事中の重機が入らないように背景を選んで写真を撮ってみると意外となかなかいいかんじ。なんとも不思議な神社だ。

境内にはこの神社の由緒に関わる妙な形の石「登天石」が祀られている。以下はその由緒のお話。

菅原道真の死後、都で相次いだ天変地異、特に落雷と火災を人々は道真の怨霊の仕業と恐れていた。そこで時の天皇・醍醐天皇は道真が師と仰いでいた法性坊尊意僧正に祈祷を依頼する。
勅命を受けた尊意は宮中へ向けて出発、激しい雷雨のなか鴨川にたどり着くと突然川は氾濫して町に流れ出た。尊意が神剣(もしくは数珠?)をかざして祈ると水位はみるみる下がり真っ二つに別れて、そこに現れた石の上には道真が立っていた。やがて雷雨は止み、道真は雲の中に尾を引いて消えていった。尊意はこの石を持ち帰って供養し、登天石と名付けた。

道真が立っていたにしては変な形で座りが悪そうな石である。調べてみると一説には陽石とも言われているとか?すなわち男性のシンボル。だとしてもこの形はどうだろう??(と言っても写真撮り忘れなのでわかりませんね…)

ところで、菅原道真が学問の神とされるのはわかるとしてもなぜ雷神(火神)なのだろう? たまたま当時相次いだ落雷と火災におびえた人々が、これらを道真の御霊の仕業と信じ「道真=天神=天の神様=雷神(火神)」と決めつけてしまったということか? 強大な力を持ってそうな菅公を神として祀るにあたってとにかく何でもお願いした…というのも一因のような気がする(^^;)
水火天満宮境内には他に出生石玉子石があるが、安産を祈願するという玉子石は完全に見落としてしまった。どこにあったのだろう?

歩道橋を渡って天神公園前バス停からバスに乗り、船岡山バス停で降りて少し歩くと今宮神社の赤い鳥居が見えてくる。


▲手前の枝垂れ桜。6分ぐらい
▲奥の枝垂れ桜。ほぼ満開


 ●今宮神社

祭神は大己貴命・事代主命・奇稲田姫命。平安遷都後、都に蔓延した疫病や災害を鎮めるため、正暦5年(994)船岡山で御霊会を行ったのがおこりとされる。長保3年の御霊会の際、現在地に新たに神殿が建てられ、以降の御霊会は今宮祭紫野御霊会と呼ばれた。社殿の多くは明治期の再建。
毎年4月第2日曜には京都三奇祭の一つである「やすらい祭り」が疫病封じを祈願して行われる。門前の老舗二軒で売られる「あぶり餅」が有名。

今宮神社は特に桜の名所ではない。せっかく近所まで来たので一度あぶり餅でも食べに行っておこう、と思い立って寄ってみることにしたのである。

船岡山バス停から少し歩くと、よく目立つオレンジ色のニクイ奴楼門が見えてくる。
境内にはやはり桜はないかと思いきや、本殿まで来てみると向かって左にちょっと幹がひしゃげた満開のソメイヨシノ、右側にまだ若々しい枝垂れ桜の小木があった。枝垂れは5分程度の開花だが、商店街によくある飾り付けの造花のような花付きがなんとも微笑ましい。

境内には、真っ赤な座布団の上に置かれた阿呆賢(あほかし)さんと呼ばれる小さな神占石があった(ビリケンさんを連想してアホケンと読むのかと思ったら違った)。この石を三度叩いて持ち上げると重く感じられるが、次に撫でながら願を掛けて再び持ち上げた時に軽く感じられたらその願いは叶うのだそうである。さっそくやってみたが、二度目の時に思いきり手がすべって惨敗だった…

今宮神社で毎年4月第2日曜に行われる「やすらい祭り」は、桜の散る頃に流行する疫病を退散させるため、氏子たちが鬼などの扮装で笛や太鼓に合わせて踊りながら町を練り歩き、無病息災を祈願するものだそうだ。列の中の風流花傘に入るとその年は無病息災でいられると言われており、地元の人はみな競って傘に入ろうとするらしい。

その参拝の人々が帰りに疫病よけのダメ押しのため食するのがあの有名なあぶり餅
東側の門を出てみると、道の両側にそのあぶり餅を売るかざり屋と一文字屋(一和)が並ぶほのぼのとした光景があった。単独ではちょっとトライしにくいので、誘ってくれたほうの店に入ろうと思いうろうろしていると、運良く一和のおばちゃんが「お一人さんどうぞ」と呼んで下さったので一安心。十何年越しの希望叶ってやっとあぶり餅に巡り会えた。
餅は焦げ混じりに香ばしく焼けていて、白味噌のタレは思ったよりも重くなく、これなら15本あっという間に食べられるわというかんじ。でもせっかくなのでゆっくり味わわせて頂いた。

休憩後は腹ごなしに仏教大学前バス停まで歩いて、次の常照寺へ向かった。(つづく)


▲本殿とソメイヨシノ
▲本殿と紅枝垂れ桜
▲商店街の飾りっぽい

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