| 箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 濃いも薄いも綾錦・第2日目-4 |
| ●酬恩庵(一休寺) |
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京都の中心部から外れているのであまりメジャーな観光名所ではないが、一休さんこと一休宗純禅師ゆかりの寺であり見どころは多い。京都駅からなら(門前まではタクシーかバス利用になるが)近鉄の新田辺駅まで急行一本で、意外と交通の便も悪くない。と言いつつ訪れるのは今回が初めてである。 走ること10分弱で郊外の静かな門前に到着。総門の先に見えるゆるい上り坂の参道が、雨に濡れた鮮やかな紅葉に彩られていて、予想以上の風情に期待がふくらむ。しかしちょうど横の駐車場から団体さんがゾ〜ロゾロと牛歩の歩みで入って来て出鼻をくじかれた。この寺もツアーコースに入ることがあるのか〜。 散り紅葉が艶やかな参道を上ると、茶室・虎丘庵と宮内庁管轄で立ち入り禁止の御廟所(一休禅師墓所)がある。一休さんは後小松天皇のご落胤(という説が有力)なので宮内庁管轄。なるほど。 その先の小さな中門をくぐって石段を下りた所にある(ちょっと面白い作り)庫裏と方丈を拝観した。 方丈では一休禅師木像や一休さん使用の「輿(こし)」を見ることができる。木像は、自身のヒゲと頭髪を植え付けて作らせたという型破りなもの。最近はテレビで紹介されることも増えたので見覚えのあるかたも多いかもしれない。「輿」は、ここと洛北の大徳寺との往復に使用したものだそうだが、それにしてはかなり硬くて痛そうだ。 一休さん関連グッズは、他に「一休禅師画像」や書き残した詩集などがある。 「とんちの一休さん」は後世の創作だそうだが、実際も幼い頃から利発で反骨精神に富んだ人だったようである。家柄や位や形式にこだわり貴族化した当時の禅僧に反発するかのように清貧に生き、酒を飲み生ものを食べ女性と遊び、おまけにドクロを付けた杖を持ち歩く…という、一見とんでもない坊さんだったらしい。 一休禅師は亡くなる前に「自分の禅は自分にしかわからない。たとえ師であっても」という意味の歌を詠んでいる。 団体さんと一緒に庫裏を出ようとしたら、囲炉裏の部屋でお寺のかたが「お茶をどうぞ〜」とふるまってくださった。しかしこれは通常のサービスなのか団体さんのみ対象なのか不安だったので、まぎれて頂くのはやめて出ることにしたが、どうもこれは通常のサービスだったらしい。(涙) 外は相変わらず雨。中門向かいの鐘楼近辺の紅葉も雨に打たれて散り中だがそれがまた美しい。 本堂裏付近にホウキを手にした少年一休像と「このはし わたるな」の立て札付き小さな橋があるが、ツッコミ入れられたくて作ったとしか思えない違和感がたまらない。(「このはし わたるべからず」では?) 参道を戻り、名残の紅葉をもう一度良く見せてもらった。枝に残る葉とハラハラと散り積もっていく葉の比率が絶妙だ。このまま雨が降り続けばきっと今晩中にかなり見頃終了してしまうに違いない。最高のタイミングで拝観することができた。雨は嫌だけどこんな時ぐらいは感謝しておこう。 |
![]() ▲参道 ![]() ▲参道の上、拝観受付前から ![]() ▲一休禅師の墓 ![]() ▲方丈庭園(南庭) ![]() ▲方丈庭園(北庭) ![]() ▲怪しい橋 ![]() ▲怪しい少年一休像 |
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そして楽しい夜は三条通の雑貨屋巡りをしたあと、遅めの時間に予約しておいた「亀甲屋」で夕食にした。交通至便な場所にありながらちょっと隠れ家風の静かなハイセンス居酒屋(?)で、おすすめ料理などアラカルトを少量づつ頂いて大満足でした。料理人のお兄さんがたはとてもやさしかったです。 〈3日目につづく〉 |
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