箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 躑躅、石楠花、杜若・第2日目-3

 ●三室戸寺

宝亀元年(770)光仁天皇の勅願により、山中から発見された黄金の千手観音菩薩像を本尊とし御室戸寺の名で創建されたと伝わる。皇族の崇敬を集めて栄え多くの伽藍が整えられたが、火災や織田信長の焼き討ちにより衰退と再興を繰り返した。現在の本堂は江戸後期の再建。
境内の回遊式大庭園「与楽苑」では二万株のツツジ・一万株のアジサイが咲き、本堂前ではハスの大鉢が花を付ける。西国三十三ヶ所観音霊場の第10番札所。

簡素な山門→


▲与楽園のツツジ大群。凄すぎ。
▲鮮やかなシャクナゲとツツジ

光仁天皇が何かのお告げだかなにかを受けて山中を掘らせたところ黄金の千住観音像が現れ、それを本尊として祀ったのが三室戸寺のおこりだそうである。現在の本堂内に安置されているご本尊もまさかその時のもの…?

三室戸寺へは最寄りの京阪宇治線・三室戸駅から徒歩15分、またはJR黄檗駅か京阪宇治駅から京阪宇治バスを使えるが本数的にちょっと不便。なるべく時間を節約したかったので黄檗駅からタクシーで行ってしまうことにした。
ツツジ最盛期のため参道入り口には結構な人数の人が集まっていたが、かなり奥行きのある寺なのでどの季節でもひどい混雑の心配はなさそう。

山門をくぐると細長い参道で、間もなく右手の杉木立の向こうに目を疑うほど色鮮やかな小高い丘が見えてきた。丘全体が豪快に咲き誇りまくる二万株のツツジで覆われているのだ。変に丸く刈り込まれたりせずにのびのびと育ち放題で、聞きしに勝る凄い光景にワックワク。杉木立奥のこの一段下がった寺域全体が馬鹿でかい(失礼!)大庭園「与楽苑」なのだそうである。
斜面全体に歩道があるので、大量の花を間近で堪能しながら歩き回れる。花の間から顔を出してピースサインで写真を撮るというベタなことまでやってみないと気が済まないほどだ(実際、やってみた)。

与楽苑の名は菩薩の本願「抜苦与楽」に由来するという。色とりどりの花で浄土を表現し「苦」が安らぐようにとの思いが込められ、あの中根金作氏により1989年に完成されたものだそうである。なるほど。

ツツジ庭園からさらに奥へ進み起伏の大きい境内を上り下りして歩いてみると、低いところに公園のような雰囲気の枯山水庭園「十六羅漢の庭」と池がある。そのあたりでまだ見頃の続いている様々なシャクナゲも見ることができた。お寺の境内に咲くシャクナゲというと淡いピンクの清楚なやつが主だと思っていたので、南国の花のように豪華で派手な色と大きさにまたビックリさせられる。
斜面を登っているうち、木々の間から遙か向こうに三重塔と本堂が見え隠れしてきた。すっかり参拝を忘れていたのでそちらへ向かうことにする。

もと来た参道の方へ戻りきつい石段を登りきると、ハスの大鉢がずらっと並んだ奥に重層入母屋造りの堂々とした本堂、というガイドブックでよく見る風景が現れる。このハスの葉を盃に見立てて酒を注ぎ茎から飲む「ハス酒を楽しむ会」が毎年7月に催されるとか。(ハスの風味がしたりするのだろうか?) 
本堂前には宝勝牛と呼ばれる牛の石像もあり、北野天満宮に居る黒い牛さんにちょっと似た感じ。手を突っ込んで口の中にある玉(にくっついている仏像)に触れると勝運に恵まれるとか。さらに本堂東奥には鐘楼と小さな三重塔もある。この塔は明治後期に播磨高蔵寺から移築されたものだそうである(維持管理に困ったため手放したらしい…?)。
これらの光景をさんざん楽しませて頂いてから参道を戻った。

次は久々の平等院。歩きでは辛いしバスも無いし…で、またまたタクシーをお呼び立てすることに。


▲三重塔とツツジ

▲シャクナゲの奥に石庭


 ●平等院

平安初期から源融・宇多天皇・源重信・藤原道長らの別荘であったものが、永承7年(1052)道長の子・藤原頼通によって寺に改められたのが起こり。翌年には鳳凰堂(阿弥陀堂)が完成。堂内に平安時代を代表する仏師・定朝作の阿弥陀如来坐像が本尊として安置され、雲中供養菩薩像や壁画などで飾られた。当時末法思想が貴族のあいだで広まりつつあったため、極楽浄土への憧れが表現されたものになっている。
鳳凰堂は、近年発掘調査と整備が行われた庭園と共に創建当時の面影を残す貴重な遺構である。

フジの名所として知られる平等院だが、この時期にはすでに見頃は完全終了しているはず…と思いつつかなり久々なので来てみることにしたのである。門前の賑わいが懐かしくてフラフラ歩いていたら入り口を間違えて宇治川に突入してしまいそうになった。

参道を進んでいくと、観音堂(釣殿)近くに源頼政が自害した跡と言われる三角地帯「扇の芝」があった。と言ってもたまたま近くを歩くグループにタクシードライバー氏が解説しているのを耳にしただけなのだが。
解説がなければ気付かないような、空き地に石碑がぽつんと建つ遺跡。1180年、源頼政は平等院に陣を置き宇治橋の合戦で平家と対したが敗れ、ここで辞世の歌を詠んで自害したそうである。文武両道にたけ、鵺退治でも有名な人らしい。ぬえ?実在するのか!?と後日調べてみたら思いっきり「伝説上の怪物」と書かれていたが。

境内はすっきりと広く、州浜のような阿字池鳳凰堂周辺は無駄なモノが無い。すっきりしすぎていて写真が殺風景になりやすいことでも有名かもしれない。極楽浄土を夢見た藤原氏全盛期(のピークをちょっと過ぎた時代)の平等院はどんなものだったのか、どんなに贅を尽くしたものだったのか、見てみたい気がする。
平等院庭園は1990年度から発掘調査が始まり、創建時の境内を再現すべく復元整備が行われ終了したようだ。どのへんが整備されたのか、以前訪れた時との違いがいまいち思い出せないのが情けない。鳳凰堂北側にかかる橋は近年掛けられたモノのようだということだけはわかった。

枯れてしまったフジ棚の前で、少ないけれどツツジの株が満開だった。枯れフジと合わせてみたら意外と不思議なムードが出てちょっと面白い写真になったかも(と思うのですがいかがでしょうか)。 境内全体にもあまり花は無いので、ガツガツせずのんびりと散歩気分で一周できる。ご本尊もお休み中だし。


▲観音堂とツツジ

▲背景は枯れたフジ棚

▲奥に見えるのは表門

ご本尊拝観がお休みというのはつまり、阿弥陀如来坐像及び天蓋の平成大修理中により鳳凰堂内は空っぽだったのである(その後修理は終了し鳳凰堂内に仮安置された)。
そのかわりミュージアム「鳳翔館」のほうでいくつか特別公開があるというので行ってみた。近代的な設備の鳳翔館は最新技術による安全性の確保はもちろん、ライティングなどにも凝っているようで、雲中供養菩薩像たちの展示室などは幻想的で厳かな雰囲気が漂っていた。特別公開中だったのは、普段は本尊裏側にあって滅多に見れない「光背 二重円相部」(雪ダルマのような妙に可愛らしい形)や、阿弥陀如来の胎内に安置されている 「月輪 蓮台」など。ご本尊は拝めなくともそれなりに満足できた。


鳳翔館を出るとすでにあたりは薄暗くなり始めていたので、順路を引き返してJR宇治駅から帰ることにした。老舗のお茶メーカーが「ウチのお茶こそが最高級の伝統の味ですよ!」と言わんばかりに軒を連ねる参道を、団子に心惹かれながら結局買わずにひやかして歩く。ひやかしてばかりもなんなので、時間もあることだし腹も減ったし、その中の一軒で休憩して甘味を頂くことにした。確か抹茶アイスに白玉と小豆が添えられてるやつだったような…記憶が曖昧です。店名さえも忘れました。しかしお味は良かったです。

夕食は某旅行会社クーポン券使用で「ほっとけや 室町店」に行ってみた。便のいい場所にもかかわらず隠れ家的店構えで、ワサワサした感じが無く意外と静か。揚げ出し&あんかけ系料理ばかり注文してしまったのでそれ以外は不明だが、お手頃値段の割には美味でございました。ただしカポー向けっぽい雰囲気なので一人だと若干浮きます(笑) 〈3日目につづく〉


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