箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 悩ましき淡紅葉・第2日目-4

 ●神光院

健保5年(1217)神託を受けた上賀茂神社社務職が大和三輪の慶円上人を招いて創建された。本尊は弘法大師みずから刻んだ自像と伝わり、厄除け大師として親しまれている。明治維新で一時廃寺となったが再建。幕末の女流歌人・陶芸家である太田垣連月尼の隠棲地として知られる。花菖蒲・白い八重の珍種サザンカなど四季折々に花木が楽しめる。

堤タクシーさんのサイトで紅葉速報を拝見して「今日の締めはここにしよう」と思い立ち、はるばるやって来た。ここへ紅葉を見に来る観光客はかなり珍しいに違いない。

門前の短い石畳の両側はちょっと小綺麗に整えられていて紅葉がいいかんじに色付いていた。小さな山門からのぞく紅葉も思いのほか鮮やかな赤が出ている。すでに日が暮れかかっているのが残念…と思いつつ境内へ入った。

広いとは言えない境内にいくつかのお堂と池が二つ、花木も豊富でちょっと窮屈そうだが綺麗に手入れされているようだ。何より紅葉の色付きはこの日一番で、特に山門から蓮月庵の周囲は深紅に彩られていた。
バス通り側の池は小さいがちょっとした花菖蒲の名所として結構有名であり、他にも珍しい品種の美しいサザンカなど、境内は季節ごとに花木で飾られるそうである。

大田垣蓮月という人は幕末の女流歌人・陶芸家で、才色兼備だが相次いで子供を亡くすなど薄幸の人だった。 尼僧となったのちは自作の歌を刻んだ陶器(蓮月焼)を制作し人気を呼んでいたそうである。ここ神光院では晩年の10年ほどを過ごしたらしい。蓮月焼、ちょっと気になる。実物を見てみたい。
蓮月庵は隅の方にひっそりと建つ意外に小さな茶室(?)で、ここで蓮月が晩年を過ごしたとは思いにくいような気もする。それほど慎ましやかな人だったということなのだろうか。

奥へ進むと結構立派な本堂があり、その裏にも行ける?かと思ったが境内整備の作業員の方が居たので行くのはやめておいた。(帰宅後に調べたところ本堂裏手には中興堂や宝筐印塔もあるようだ。)

御室の蓮華寺のレポでも触れたが、神光院と蓮華寺は病苦除けの「きゅうり封じ」法要で知られている。弘法大師からじきじきに伝授される謎の「きゅうり封じ」はどんなものだったのか興味津々だ。
そういえば神光院の本尊は大師自作と伝わる弘法大師像。東寺・仁和寺と並ぶ京都三弘法のひとつとして「西賀茂の弘法さん」と呼ばれ親しまれて来たそうである。こんな小さな(失礼)庶民的なお寺にもしっかりと弘法大師の足跡が。さすが京都は奥が深い。
境内をうろうろしているうちにすっかり暗くなってしまった。この日の拝観はここでおしまい。


夜の宴は、毎度お世話になっているKEIJIさん・芭雨さんに加えて、特撮界から王丈さん・きもさん、新選組関連で壬生の赤ペンさんが参加して下さり、スペシャル合同寄合となったのです。不思議なご縁で繋がった皆さんとの豊富な話題が飛び交うシュールな夜でした。投入した切り餅が食べ頃を過ぎて溶け出しドロドロになったちゃんこ鍋。その汁で仲居さんが作ってくれた雑炊の味は一生忘れられないに違いありません。
〈3日目に続く〉


▲6月には花菖蒲が咲く池
▲本堂前の池
▲庫裏(?)
▲蓮月庵

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