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【第3日目】4月11日 京都御苑,御所〜城南宮
 今出川駅 →(徒歩)→ 京都御苑・乾御門 →(徒歩)→ 京都御所 →(徒歩)→御苑・下立売御門 →(徒歩)→ 丸太町駅 
 →(地下鉄)→ 竹田駅 →(タクシー)→ 城南宮 →(タクシー)→ 竹田駅 →(地下鉄)→ 京都駅


最終日です。京都御所の春期一般公開期間中に今回やっと日程が合ったので行ってみました。御所と御苑でゆっくりするとして、あとは一カ所、城南宮の枝垂れ桜のみ見に行くことにしました。



 ●京都御苑・京都御所

平安京の内裏(皇居)は桓武天皇により定められたが、度重なる焼失などのため次第に仮の皇居である里内裏が使用されることになった。現在の京都御所は、光厳天皇が即位した里内裏の「東洞院土御門殿」が元弘元年(1331)以降、御所に改められたものである。信長・秀吉・家康らにより造営や改修が進められ、幾度かの焼失を経て江戸末期までに整備され周囲には多くの宮家や公家の屋敷が置かれた。
明治2年の東京遷都後は公家町は荒廃したが、明治天皇の命により御所・御苑の保存整備事業が始まり現在の形に整えられた。御苑はのちに国民公園として開放されることとなった。

春の一般公開は、明治天皇が春先に五箇条のご誓文を下したのを記念して行われるようになったとか。一般公開中の御所は大人気と聞いていたので午前9時の開門直後に来てみたが、やはりすごい人出。菊の御紋入りお菓子などを売る特設みやげテントまで立ち並んで、広い御苑内が活気に包まれていた。

御所へは通常参観とは別の宜秋門で手荷物検査を受けてから入る。順路通りぞろぞろ歩き始めると、最初の狭い御車寄(正式な玄関)近辺ですでに牛車大撮影会になってしまった。諸大夫の間(訪問者控えの間)でもまたまた襖絵の大撮影会だが、これ写していいのか!?などと確認するのもアホらしいしせっかくなのですかさず自分も撮ってみた。次の新御車寄(大正以降の天皇皇后の玄関)の前はやや広く開けていて再び購買欲をそそるみやげ物テントが登場する。

御所の最南・建礼門の向かいにある承明門を覗き込むと広い広い南庭の向こうにドォーン!と馬鹿でかい建物が! これが昭和天皇までの即位礼など重要な儀式が執り行われていた紫宸殿(写真一番上)で、順路をぐるっと回って日華門をくぐれば再び至近距離から眺めることができる。さすが格式の高さが漂いまくっている建物だ。
内部には天皇の在所を示す特別な玉座「 高御座 」と皇后の「御張台」がある。今上天皇の即位礼はこの高御座と御帳台を東京へ運んで行われたそうである。

余談になるけれども、その即位礼の際、当時の海部首相が高御座に立つ天皇を仰いで「天皇陛下万歳!」と唱えたことが憲法違反に当たるとする「バンザイ訴訟」というのがあるらしい。天皇関係の儀式はいろいろと難しいようだ・・・。

清涼殿(平安時代の天皇の日常の居所)・小御所(幕末の小御所会議で有名)・御学問所(和歌会など儀式を行う)と順路通りでかい建物を拝観し、広々とした御池庭を見る。桜はないけれど緑豊かで落ち着ける品のいいお庭である。御所なのだから品があるのは当たり前か。
さらに北側には先程の清涼殿とはおもむきが異なる書院造りの御常御殿(天皇の日常の居所)。図によると拝観時には全貌が見えないので気付かないものの、でかさが印象的な紫宸殿よりもこの御常御殿のほうがさらに巨大なようだ。
そのまたさらに北側の皇后御常御殿などは非公開の禁断の地らしい。境界には警備員のかたがじっとたたずんでいた。お勤めご苦労様です。


▲小御所と御学問所
▲御池庭
▲突然現れた蹴鞠保存会の方々
▲蹴鞠実演中

時間にゆとりがあったので順路を戻りつつウロウロしていたら、いきなり古式ゆかしい色とりどりの装束のおじさま行列が現れた。この日、春興殿前にて行われる蹴鞠に参加する蹴鞠保存会のかたがただった。すでに見物の人が大勢陣取りしているところへ行列はしずしずと入っていき、やがて蹴鞠が始まった。必死で陣取りしていたわりには少しだけ鑑賞して席を立つ人が多いので、スキを狙って潜り込むのはそれほど難しくない。のんびり見に行っても大丈夫。蹴鞠自体がのんびりマッタリした遊びなのだし。
あとは御学問所・御常御殿の裏に開けた広場の休憩所で少々休憩しておしまい。御所内には紫宸殿の左近の桜と右近の橘以外に花は無さそうだが、この付近では枝垂れ桜など数種を見ることができた。

▲参観出口付近の枝垂れ桜
▲豪華な御車返し
▲御車返しアップ

出口となる清所門から御所を出ると、門の向かい側ちょっと下がったところにとても豪華な御車返しの木があり満開見頃で感動! 大きな鞠のような花付きがとにかくきれいで、さすがその昔通りかかった御車が引き返して見たと言われるだけのことはある。苑内には他にもあちこちに八重桜や桃など豊富に咲いているので飽きない。それらを見ながら南下して御苑をあとにした。

すっかり忘れていたが、御苑内には他に皇太后の御所である大宮御所と上皇の御所である仙洞御所がある。何やら美しい庭園もありそうなので機会があったらぜひ参観してみたい。
次は地下鉄利用で竹田駅まで行き、バスもしくはタクシーで城南宮へ。


▲小川沿いの桜(品種不明)


 ●城南宮

14代天皇の皇后である神功皇后の戦勝祈願の御旗を、桓武天皇が平安京遷都にあたり御神体とし国土守護の神を合わせ祀ったのがおこりという説がある。平安末期には白河上皇が造営した鳥羽(城南)離宮の守護神とされ、また院や上皇の熊野詣の際に方除信仰が始まった。院政の終焉と共に離宮は衰退し応仁の乱で大きく荒廃したが江戸時代には復興、幕末には鳥羽伏見の戦いで陣所となった。
神苑(楽水苑)はおもむきの異なる五つの庭からなり、春秋に曲水の宴が行われることでも知られている。

城南宮に関しては「このへんは鳥羽伏見の戦いの激戦地だったなぁ」ぐらいの知識しか無いので由来を読んでみると、そもそもは何やらヤマトタケルの子にあたる仲哀天皇の時代にさかのぼるらしい。古! 本当に確かな記述が残っているのだろうか・・・。まぁそれはいいとして枝垂れ桜を見よう。
竹田駅からのバスは本数が多くないのでタクシーを利用することにした。城南宮前には待機車もあるので、帰りの心配はしなくてすむようだ。(この時期だけかも?)

本殿でささっとお参りをして即、楽水苑に向かう。『源氏物語』に登場する植物が数多く植えられているという苑内では、各時代の作庭の特徴を見ることができてそれなりに面白い。何故か訪れる人は多くないのでのんびりと楽しむことができる。
まず白河上皇が城南離宮を築く際に光源氏の六條院をイメージして造ったという春の山ではミツバツツジが満開。庭というより山にそのまま木を植えたような素朴さがある。

次の平安の庭から先は昭和の作庭師・中根金作の戦後の作だそうだ。緑と水が豊富な野趣あふれる平安の庭は、小川(遣水)で4月29日と11月3日に「曲水の宴」が行われることで有名である。その時は賑わうのだろうけど今回は他に人も無くひっそりとした風情があった。しかしこのあと順路はいったん参道をまたいで反対側の庭へ移動するので、生活感が紛れ込んできてちょっと興ざめかも。


▲春の山のミツバツツジ
▲ちょっと地味な平安の庭

作庭黄金期と言える室町時代の手法で築かれた室町の庭は枯山水ではなく、茶室と石組みを配した池泉廻遊式庭園になっている。室町といえば室町テイストなのだが、なんとなく公園っぽくて緩いかんじを受けてしまう。

▲桃山の庭の立派な枝垂れ桜

▲室町の庭
▲城南離宮の庭
その流れのまま次の桃山の庭へ続くのだが、ソテツや芝生の枯山水・・・素人ながらどうしても何かしっくりこないような気が・・・。それはまぁいいとして、ここには待望の立派な枝垂れ桜が! 観光的にはあまり人気がないのか、地元の家族連れのような人々のほうが多く目立っている。手前の室町の庭にもちっちゃい枝垂れ桜があったが、こちらの桃山の庭の枝垂れは幹が力強く逞しくいい線を描いている。
しばらく桜を眺めて先へ進むと最後の城南離宮の庭に入る。曲線的な玉砂利と石組みと緑で城南離宮の風景が表現されているそうである。先程見てきた枝垂れ桜がちょうど良く借景のように華やかさを添えていていいかんじ。神苑を出て、ちょうど待機していたタクシーで竹田駅へ戻り、今回の上洛日程はこれでおしまいです。

この年(2004年)の桜進行は、ソメイヨシノが平年より若干遅く、遅咲き枝垂れ・里桜系から初夏の花は平年並みといったかんじだったようでした。何かのおりにでも皆様の参考になりますれば本望です。

〈2004年春の項終了。2005年春につづく〉


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