箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 遅咲き百花繚乱・第2日目-3

 ●上品蓮台寺

聖徳太子創建で、天徳4年(960)宇多法皇の弟子・寛空僧正が中興し上品蓮台寺に改めたと伝わる。応仁の乱による焼失の後、秀吉の援助により子院十二坊が再興されたため俗に十二坊と呼ばれるが、現在は三院を残すのみ。京都最古の絵巻物「絵因果経」など多数の文化財を有し、境内には平安中期の代表的仏師・定朝の墓や土蜘蛛退治伝説の源頼光塚がある。

この一帯(蓮台野)は東の鳥辺野・西の化野と並んで古来から埋葬の地とされていたらしい。宮本武蔵と吉岡清十郎の決闘の地として有名でもあり、なんとなく寒々とした荒れ野を想像してしまうが、今はそれらを思わせるものは無く、大通りを車が大量に行き交っている。

観光名所とは違ったさりげない雰囲気の山門が千本通に面して建っていた。拝観業務はおこなってらっしゃらないのでそのままおずおず奥へ入っていくと、新本堂の前に見事な枝垂れ桜が。運良く散り直前満開見頃のようだ。歴史ある伽藍の色もいいけれど、こんなに初々しい木材の色を背景にした枝垂れもまたいいかも。薄いピンク色がますます可憐に見える。上の写真では本堂が真っ黒につぶれてしまいました!木の色が全然わかりません(汗)

本堂前以外にも小さめの枝垂れが数本咲き揃っている。配置的にどうしても他の拝観者(この時は10名ほど居た)が写りこんでしまいやすいので、撮影は気長に構えるのがいいかもしれない。力を抜いて見せて頂くのが似合うお寺、という印象だった。

「以前は観光の人なんて来なかったけどねぇ」と地元のかたが独り言のように話しかけてこられた。知る人ぞ知る枝垂れ桜の名所として京都の花図鑑や情報サイトなどには登場していたようだが、最近は噂が広まって拝観者がぞくぞく増えているらしい。超満員にならないうちに訪問しておいてよかった。

とにかく枝垂れ桜を飽きるほど見て満足し、バスで次へ向かうことにした。本数はあるはずなのにやたら待たされるバス・・・。かといって歩くのはしんどいし。


▲本堂前の枝垂れ
▲境内
▲これも本堂前


 ●雨宝院

弘仁12年(821)嵯峨天皇の病平癒祈願のため弘法大師が象頭人身六臂の大聖歓喜天像を安置した大聖歓喜寺が始まり。応仁の乱により荒廃した後、天正年間に雨宝院のみ当地に再興された。千手観音立像と弘法大師像も祀られ、狭い境内に多くの堂宇と、染め物が良く染まるという染殿井、久邇宮朝彦親王がにわか雨をしのいだという大きな時雨の松歓喜桜・観音桜などがぎっしりと並んでいる。

千本上立売バス停から細い通りに入り、本隆寺のざらざら模様の塀沿いに歩く。西陣聖天とも呼ばれる雨宝院は見逃してもおかしくないほど小さい寺だが、目前に差しかかれば小さな山門から提灯越しの四角い風景がふと現れるのでここがそうだとすぐわかる。山門付近には鮮やかな黄緑色の桜「御衣黄」が咲いていた。抹茶クリームで作ったお菓子の花弁のような旨そうな色だ。

門をくぐると、やたら狭いうえに手入れした様子の感じられない雑然とした境内に驚愕! 低い位置から頭上まで空全体を薄暗くなるほど覆い尽くす満開の桜にまた驚かされる。足下は野草生えまくり。しかしここは「汗かき弘法大師像」(!?)が祀られるれっきとした弘法大師ゆかりのお寺なのである。庶民的と言えば庶民的なのだが特徴有りすぎだ。

本堂前に有名な歓喜桜、観音堂前には観音桜が咲くという。名木と言われる時雨の松も印象が残らないほど、目の位置から上すべて桜で覆われているのでどの樹がどの樹やらよくわからない。仁和寺の御室桜と同種であるという歓喜桜がたぶん多くを占めているのだろう。一般的には無名のお寺だが、桜好き西陣好きなかたはやはりチェック済みのようで、この日は数名の拝観者が実にマッタ〜リと時間を過ごしていた。お堂の朽ちかけたような縁側しか座る場所はないけれど。

雨宝院を出て、帰りがけにお向かいの本隆寺へちょっと寄ってみた。堂々とした本堂に似合う大きなソメイヨシノと有名な夜泣き止めの松があったが、ソメイヨシノは散り盛んですでに淋しい感じ。ということで今回は撮影は無しで。

五辻通を千本通まで戻り、五辻の昆布屋(観光客対応上手し)でおやつ昆布(香料キツめ)を買ってから再びバスに乗った。二条駅でJR嵯峨野線に乗り換えて花園駅で下車、妙心寺を目指して歩き慣れた道を行く。本日の最終目的地は妙心寺退蔵院


▲頭上を覆う歓喜桜
▲たぶん歓喜桜
これもたぶん歓喜桜


 ●退蔵院

応永11年(1404)波多野出雲守重通が帰依していた妙心寺第三世・無因宗因禅師を開山として開かれた妙心寺塔頭。妙心寺は足利義満による弾圧や応仁の乱で打撃を受けるが、細川家ほか諸大名の帰依を受けて復興し栄えた。退蔵院も亀年禅師により再建される。狩野元信作と伝わる枯山水庭園や昭和の庭・余香苑、水琴窟、有名な如拙作の国宝「瓢鮎図」など見どころが多い。桜・紅葉ほか季節の花も楽しめる。

駅から徒歩範囲ということもあって退蔵院へは過去何度かお邪魔している。堤タクシーさんの花速報をチェックさせて頂き桜の時期に初めて来てみることにした。
まず順路の両側に石庭がある。この庭については誰も触れてくれないのでどういった由縁のものか皆目わからない。白砂には文様が描かれていて一応普通に石庭なのだけど、落ち着いて鑑賞するためというより「順路の脇があいてたんでちょっと作ってみました」的な空気がある。しかし今回はそこになかなかよいかんじに枝垂れ桜が文字通り花を添えていた。今回はこの近辺が一番の見どころのようだ。写真で見ると意外に花付きがまばらで、思ったほどの華やかさは無いけれど。

枝垂れ桜を回り込んで進むと、緩い傾斜に刈り込みや小さな滝やあずまやで構成された庭園が横から徐々に見えてきて、一番低い藤棚のところから庭全体を見渡すことができる。緑豊かでほのぼのとゆるーい雰囲気のこの庭は退蔵院庭園ではなく(!)、中根金作作の昭和の名庭と言われる余香苑なのだそうである。まぎらわしい。鑑賞する位置が限定されるし過去何度か見ている庭なので画像は無しで。(撮り忘れたのか・・・記憶にないです)

少し戻って方丈へ上がり、雪舟の師にあたる如拙作の瓢鮎図と方丈庭園を見せて頂く。退蔵院のウリであるにもかかわらずものすごい地味な飾られかたをしている瓢鮎図に腰砕けになる(あ、模本なのね)。ひょうたんでナマズを捕らえようという禅の悟りを描いた絵で、五山文学の代表者達から高い評価を受けたそうだが、正直よくわからない。ひょうたん持つ人が気持ち悪いのだけが印象的である。

方丈庭園は南庭と主庭の西庭を見ることができるがどちらもものすごい地味。西庭の枯山水庭園・元信の庭は石組みの間に散らばる低い植え込みに特徴のある庭なのだが、何故か正面廊下が立ち入り禁止になっているので横から覗き込まないと見えないのである。どういうこっちゃ?こんな半身で名庭を鑑賞しろと?狩野派の絵師作庭ということで興味深いはずなのだが、これでは気付かずに帰る人も多いのでは・・・。全くいつ来てもわかりにくすぎだが何故か憎めない退蔵院である。


再び花園駅から電車に乗り、いったんホテルへ帰ってから四条河原町から徒歩数分のご飯処へ。この日は夕方から胃の調子が悪く悲惨だったので「胃に優しいおばんざいを」とお願いして作って頂き、少しだけ食べておとなしく帰りました。 〈3日目につづく〉


▲「陽の庭」と枝垂れ桜
▲縁側にさらされた瓢鮎図
▲元信の庭(正面から見れない)

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