| 箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 冷夏にも秋の暑さにも負けず・第2日目-1 |
| 【11月16日・詳細行程表】 |
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日曜日にはなるべく有名寺院は避けたいところなのですが、穴場ばかりで交通の便も考慮したコース設定をするのは至難のワザです。ですので詩仙堂・円光寺へ朝一で向かうことにしました。と言っても詩仙堂の開門は9時なのでべらぼうな早起きにはならないのですが。 |
| ●詩仙堂 |
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ここは過去何度か訪れているが、そのたびに狭い堂内が多くの拝観者で混み合っている。今回は開門直後に到着したのだがすでに数人のかたが枯山水庭園(名前は無いのかな?)を観賞していた。 枯山水庭園はわりと小さなものだが、白砂の庭とサツキの刈り込みの向こうの低い所に回遊式庭園(名前は無いのかな?)が造られているので、視界が大きく開けていて広く感じる。だんだん日が高くなり庭園奥の森からゆっくりと逆光が差し込んでくるのが見えて清々しい。残念ながら木々の紅葉は遅れているのか弱っているのか、やはりいまひとつのかんじだった。 一回りして戻ってくると、堂上三階に不思議な丸窓の嘯月楼が見えた。数寄屋造りでありながら楼閣建築風を取り入れているのは石川丈山が元は武士であったことが一因かも、という話もあるようだ。 丈山は松花堂弁当に名の残る文人僧・松花堂昭乗と交流が深く、その松花堂昭乗が近衛信尹・本阿弥光悦とともに寛永の三筆と称されていたのは有名である。年は離れているが丈山と光悦の交流もひょっとしてあったのかも?と考えるとちょっとワクワクしてきたりして。後日調べてみます(^^;) 次は紅葉名所として人気上昇中の円光寺へ。 |
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| ●円光寺 |
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隣の詩仙堂から歩いてすぐなので、セットで拝観するかたが増えたに違いない。数年前よりも着実に人が多くなっているようだ。まだ朝だというのに。 まず瑞雲閣(宝物館)で家康が作らせたという現存最古の木製活字などを見た。活字の周囲は混んでいたので屏風絵「寿老人図」のほうへ何気なく行ってみると、大覚寺で多くの障壁画を手がけた渡辺始興筆のものだった。解説によると始興は尾形光琳の弟子でなんと近衛家出入りの絵師だったそうだ。妙に感動してメモってしまった。 瑞雲閣を出て池の周囲を一回りしたあと石の水盤を使った水琴窟を見て、本堂に入りお抹茶を頂くことにした。しかし額縁庭園をゆっくりと楽しむ…というわけにもいかない。座敷の中程でグループのかたがたと一緒に座らせて頂いたところ、その目の前も縁側の外もひっきりなしにどんどん人が横切っていく。優雅にお茶を頂いてるのが滑稽なくらいだ。まぁこれも一つの思い出として大切にとっておこう。 お茶のあとはいろいろな角度から庭園の紅葉を愛でたあと、境内の裏山へ。山上には家康を祀った東照宮があるというが(あったっけ?)それよりも庭園の眺めを目当てに登ってみたのである。淡い色付きの葉が重なり合って深みを増している光景が思ったよりも綺麗で、登った甲斐があった。山と言っても低い丘なのだが。 次は初拝観の金福寺へ向かう。閑静な住宅街を抜けてしばらく歩き、西本願寺北山別院を通り過ぎると狭い石段の入り口が現れた。 |
![]() ▲まだ淡い色付きの十牛の庭 ![]() ▲本堂から見た庭。一応額縁庭園 ![]() ▲境内裏山から見おろす |
| ●金福寺 |
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間口が狭いなぁと思いつつ石段を登り、逆光の散り紅葉が美しい小さな中門をくぐると、白砂とサツキの刈り込みの庭園が現れた。禅寺特有の緊張感は無く、小ぎれいな民家というかんじで親しみやすい。庭の端には紅葉も数本ある。詩仙堂を訪れてもこの金福寺まで足をのばすかたは少ないのか、とても静かだ。 小さいながら随分と奥行きや高低差のある寺で、細長い庭園の左奥にさらに細く続く道を登ると数段の生け垣が作られていて庭を見渡せる。そしてそのまた奥の小高い山上に茅葺きの芭蕉庵が建っていた。時期が早いためかこの付近には紅葉はあまり無かったが、ひなびた風情が蕪村一門の句会の様子を思い起こさせるようだ。さらに奥には与謝蕪村の墓があった。 再び下に降りて書院から庭園を眺め、書院内の展示品の数々を見た。 寺を出て一乗寺下り松の横をさらに進み、雲母漬けで超有名な「穂野出」へ向かった。十数年来、噂は聞いていたが一度も買ったことがなかったので今回話のタネにと思い行くことにしたのである。 |
![]() ▲書院内から見た庭園 ![]() ▲山上の芭蕉庵 ![]() ▲庭園と芭蕉庵 |