箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 驚愕の早桜を愛でる・第3日目-1
【4月1日・詳細行程表】
 京都駅
  ↓(徒歩)
 渉成園
  ↓(徒歩)
 七条河原町バス停
  ↓(市バス)
 博物館三十三間堂前バス停   
  ↓(徒歩)
養源院
 ↓(徒歩)
東山七条バス停   
 ↓(市バス)
東山安井バス停  
 ↓(徒歩)
建仁寺
 ↓(徒歩)
禅居庵
 ↓(徒歩)
花の回廊
 ↓(徒歩)
五条京阪前バス停 
 ↓(バス)
京都駅


 ●渉成園

周囲にカラタチ(枳殻)が植えられていたことから枳殻邸とも呼ばれる、東本願寺の飛地。
徳川家光が宣如上人に寄進した屋敷に石川丈山が平安様式の池泉回遊式庭園を築いたもの。建物は焼失したが明治初期にほぼ復興した。
梅や桜などが多く咲く名所として知られている。

京都駅から東本願寺を左手に見ながら歩き、仏具店の並ぶ道を右に折れると渉成園に着く。嵯峨天皇の皇子・源融(みなもとのとおる)の別荘「河原院」の跡地とされているようだが、河原院はもう少し北に位置していたという説もあるし実際、河原院跡碑はもっと北の五条大橋近くにある。(^^;) 源融は光源氏のモデルとも言われているし、謎めいていて良いですね(^^;;;)

中へ入るとすぐにのどかな印月地の景色が広がっていた。よく雑誌で見かけるやや殺風景でおマヌケな写真の景色である。しかし園内はそれだけでなく、傍花閣漱枕居などの風流な建物や回廊・橋などで変化に富んでおり予想外に華やかな雰囲気の中を散策できた。↑上の写真は面白い意匠で知られる傍花閣。
様々な種類の桜も多く咲いていて、この日はソメイヨシノの花吹雪がゆっくりと楽しめた。観光客も少なく、借景のビル街さえ気にしなければ全く洛中とは思えない穴場的名所であると思う。


印月地前の桜の大木
♪この〜木なんの木 気になる木
(だから桜だってば)


 ●養源院

文禄3年(1594)秀吉の側室・淀君が父の浅井長政追善供養のため建立した。戦火で焼失するが、淀君の妹で徳川秀忠の妻・崇源院により伏見城の遺構を移築して再建された。本堂にはその伏見城の血天井が納められている。
左甚五郎作の鶯張り廊下俵屋宗達襖絵・杉戸絵などが残されている。

団体客などで賑わう三十三間堂の前を通過して少し進むと養源院がある。山門から奥まった本堂前には見頃の枝垂れ桜があり、建物の重厚さとの対比が素晴らしかった。

受付をすませるとすぐに「こちらへお座り下さい」と促され、手際よく案内を始めて頂けた。(知らずに行ったのだが場合によっては拝観時間待ちもあるそうである) まず玄関前に八方睨みの獅子、本堂に白象や麒麟の杉戸絵があった。いずれも俵屋宗達が想像で描いたというもので、生き生きとした大胆な筆づかいが印象的だった。
廊下の天井には、伏見城落城時に家康の側近・鳥居元忠とその部下が自刃した廊下の床板が使われている。頭や足の形まで血の痕(らしきシミ)がくっきりと残っていた。
本堂内はかなり薄暗く歴史の重みが非常に強く感じられる。説明を聞きながら、怖いというよりも何かとても厳かな気持ちになり身が引き締まるようだった。


▲本堂と枝垂れ桜


養源院を出て東山七条からバスに乗り東山安井で下車、建仁寺へ向かったのだが、途中で道を間違えたため何故か安井金比羅宮に到着(^^;) これでもか!とお札をびっしり貼られた縁切り石はまるでウルトラ怪獣・ウーのようだ。金比羅宮絵馬館には数多くの絵馬が展示されていた。縁切り・縁結びの古社なのだが、手塚治虫作の絵馬まであり不思議な雰囲気。
順路へ戻り、建仁寺へは北門から入った。 (つづく)

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