箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 驚愕の早桜を愛でる・第1日目-1
【3月29日・詳細行程表】
 京都駅
  ↓(JR琵琶湖線)
 山科駅
  ↓(タクシー)
 毘沙門堂
  ↓(徒歩)
 山科疎水
  ↓(徒歩)
 山科駅
  ↓(地下鉄東西線)  
 蹴上駅
  ↓(徒歩)
 インクライン
 ↓(徒歩)
南禅院
南禅寺境内
 ↓(徒歩)
法勝寺町バス停   
 ↓(市バス)
真如堂前バス停   
 ↓(徒歩)
真如堂
 ↓(徒歩)
金戒光明寺
 ↓(徒歩)
岡崎道バス停
 ↓(市バス)
丸太町駅
 ↓(地下鉄烏丸線)
京都駅
 ↓
某ホテル
 ↓(地下鉄&阪急電鉄)
四条駅
 ↓(徒歩)
食事「蝶々菜斉」
 ↓(徒歩)
祇園白川


桜を愛でる旅を計画し、とりあえず3月末週と4月第1週の週末の宿をネットで確保しておきました。ところが2月末には例年にない早さで春の暖気が攻め寄せてくるという異常気象。キャンセル料かからないのをいいことに日程の決断をやたら迷って引き延ばし(宿のかたごめんなさい)結局、若干早め狙いになりますが3月末週に上洛することにしました。
ところが蓋を開けてみればそれでもソメイヨシノ散り際ギリギリ。ドヒャー。自分の花見史上最速の春の訪れです。あっけにとられつつ3月29日、のぞみで東京駅を出発しました。

12:30過ぎに京都駅着。朝が苦手なもので(^^;)
JR東海道本線(琵琶湖線)に乗り込んで一つ目の山科駅から毘沙門堂へ向かった。歩けない距離ではないがこの日はしょっぱなから体力温存のため掟破りの(そんな掟は無いが)タクシー利用である。うららかな住宅街の細い道を進み到着するといきなり急な石段があり、息も絶え絶えとはいかないまでも結構きつい。 年輩の拝観者のかたが多かったが、皆さん逞しく登ってらっしゃるのでびっくり。



 ●毘沙門堂

御所の北にあった出雲寺がもとであり、戦乱で廃絶していたが寛文5年(1665)天海僧正の遺志を継いだ弟子・公海僧正により山科の地に復興された。公弁法親王の入寺により以後は門跡寺院となる。
狩野益信障壁画(騙絵)や前庭の樹齢100年以上といわれる枝垂れ桜、回遊式庭園・晩翠園などが有名。桜と紅葉の名所である。

石段や山に囲まれた風情などは、どことなく鎌倉を思い起こすような(私だけか?)。桜というよりも梅の花の凛とした美しさが似合うような気がしたりした。
裏手には晩翠園があり地味にひっそりとしていたが、紅葉の時期にはきっと美しいはず。
障壁画は逆遠近法で見る者の目を錯覚させる仕掛けらしい、のだが・・・? 具体的にどこを見ればよいのか拝観客達がふすまの前で右往左往していると、居合わせた年輩客が連れのかたに画の見方を解説し始めた。何気に耳をそばだてる周囲の人々。解説通りに絵の一部を凝視しながらふすまの前を移動すると、机や顔の長さが微妙に変化して見えた。皆互いに顔を見合わせ照れ笑い、という妙にほのぼのとした空気が流れた瞬間だった。結局、騙し絵の見方はどれも同じなのですね(^^;)


前庭へ回ると、見頃真っ盛りの桜とまるで超有名寺社かと見紛うような人の波でごった返していて唖然。直前にTV中継でもあったのか?と思えるほどだった。

有名な宸殿前の枝垂れ桜は、ううむ、想像よりも微妙に華奢な印象・・・。枝垂れは干ばつなどにより打撃を受けやすくデリケートなのでやや不安になってしまう。(その後復活したという噂を聞くのでぜひ確認に行かねば!)が、そんなことを思いふける間もなく皆場所を争って代わる代わる撮影するのだった。
境内西側にはソメイヨシノの巨木も多くこちらはかなり逞しく見えた。


▲前庭の枝垂れ桜


●山科疎水〜


毘沙門堂をあとにし、駅までの道すがら山科疎水べりを歩いた。町なかを流れる小川というかんじで土手は狭いながらも満開の桜の枝が大胆にせり出していてかえって豪華に見える。場所によっては菜の花も彩りを添えていたりしてどこか懐かしい雰囲気。

JR山科駅に着き地下鉄東西線の改札を探すが見つからない。とりあえず適当に入ってみると京都観光一日乗車券が改札でピンポンピンポン鳴るではないか。れれれ? 見かねた駅員さんに教えて頂き無事入ることができたが、JRや京阪京津線の改札とやや離れた所から地下に潜るので微妙にわかりにくい気がするのだが。と弁解してみたりして(^^;)


●インクライン


琵琶湖疎水建設は琵琶湖から京都への水運を可能にした明治の一大事業であった。その疎水の高低差の大きい区間では、船を台車に乗せインクラインと呼ばれる傾斜軌道を通過させていた。現在ではインクラインは廃止されており、蹴上近辺に残る土手のような跡地は桜の名所になっている。

蹴上駅で下車しインクラインへ。南禅寺へ向かう途中で下から眺めたことはあるが実際に上がるのは初めてである。わーお! そこは見事な満開ソメイヨシノの長い長い列とホコ天のごとき人出で埋め尽くされていた。空も青く爽快でまるで遠足のようだなどと思いながらうろつき回り、「台車と船」や山ノ内浄水場導水管の輪切り(まさに輪切り。)や琵琶湖疎水設計・施工者である田辺朔郎博士の像(若くて男前)を見た。

博士像の横から、人出のない時期には不安になるような地味な道をドブのように細い疎水(失礼!)に沿ってしばらく歩くと南禅寺塔頭・南禅院の前に出る。



 ●南禅院

もとは亀山天皇の離宮・上の宮であった南禅寺発祥の地。東福寺三世の無関普門に帰依し離宮を寺に改めた亀山法皇は晩年をここで過ごした。応仁の乱後衰退していたが桂昌院により再建された。
夢窓国師作(一説では亀山法皇作、もう一説では仁和寺の僧・了遍作??)と伝えられる回遊式庭園は、鎌倉時代の面影を残す幽玄な名園である。
木造亀山天皇像や、法皇の遺命により分骨が埋葬された御廟がある。

南禅院は2001年NHK大河ドラマ「北条時宗」で松田洋治さんが演じられた亀山サマの別荘跡である。南禅寺の中でも奥まった位置にあるここではしばし静寂を楽しむことができる。何故か拝観客も少ない。野趣を残した池泉回遊式庭園を前にして煩悩に浸ったりしながらゆったりと過ごした。(実は野趣を残し過ぎない枯山水のほうが好きだったりするが) 背景の山の緑に溶け込むような作りは、激動の時代を生きた亀山様好みなのだろうか。信憑性は高くないけれど「法皇自らの作庭」という説を信じておきたい気がする。
南禅院特別公開時には狩野派襖絵やとんがり頭の亀山天皇像を拝観できるそうだ。「とんがり頭」の部分に特に興味津々である。

歩きっぱなしの疲れも癒され、水路閣へ出てみるとなんとまぁそこはカップルだらけの記念撮影所と化しているではないの(^^;) こんなに人が居たんかい。「拝観せぬとは不謹慎な」などと思いつつ私も撮影したかったのだが諦めて早々に退散した。 (つづく)


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