箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 史上最強の錦秋美・第4日目-1
【11月17日・詳細行程表】
 京都駅
  ↓(タクシー) 
 今熊野観音寺   
  ↓(徒歩) 
 来迎院
 ↓(徒歩)
泉涌寺 
 ↓(徒歩)  
雲龍院 
 ↓(徒歩) 
同聚院近辺
 ↓(徒歩)
東福寺駅
 ↓(JR奈良線) 
京都駅


いよいよ4日目に突入。気力体力ともにまだまだ衰えを見せてはいられない。ホテルをチェックアウトし荷物は京都駅コインロッカーに放り込んで今熊野観音寺を目指す。あとで泉涌寺塔頭から東福寺塔頭方面まで歩くつもりのため、バス停から遠い今熊野観音寺へはまずタクシーで向かった。



 ●今熊野観音寺

泉涌寺塔頭の一つ。弘法大師が熊野権現の化身から観音像を授けられ、嵯峨天皇の勅願により諸堂を造営し天長年間(824〜823)頃に祀ったのがおこりと言われる。のちに後白河上皇の信仰を受け隆盛を極めるが、当時の伽藍は応仁の乱などで焼失した。
本尊は弘法大師手彫りの十一面観世音菩薩で、頭痛・呆け封じの霊験あらたかな西国三十三ヵ所第十五番霊場として知られる。弘法大師が錫杖で岩を突くと湧き出したと伝わる五智水などがある。

タクシー運転手さんに「今熊野観音寺?今何かやってた?」と聞かれ「いえ別に何もやってないと思いますが・・・」と答えた。(タクシーでの会話はいつもこんなかんじだ)しかし車が泉涌寺道まで来ると、あたりに「もみじ祭」ののぼりが(^^;)

道が分かれる手前で降ろして貰う。鳥の声が爽やかな参道を進んで朱塗りの鳥居橋を渡ると石段があり、その上が本堂。もみじ祭ということで甘酒なども販売されていて、意外に大勢の拝観客の姿があった。この寺には山門がないのでいつの間にか境内に入っていたことになる。

本堂は二重屋根で堂々とした姿を見せていた。その向こうに医聖堂と呼ばれる昭和59年建立の多宝塔が小さく見える。この寺は頭痛平癒や智恵授かりや呆け封じといった「頭」方面のご利益があるそうだが、その関係で医学に貢献した人物を祀る塔があるのだろうか? せっかくなので可愛らしい呆け封じのキーホルダーを土産として購入した。(^^;)
本堂前には、淡い色合いながら美しいグラデーションをみせる紅葉があった。これが「五色カエデ」として知られる木だろうか?

今熊野観音寺を出ていったん鳥居橋の先まで戻り、くの字に折れて山道のような人気の無い淋しい道を少し行くと来迎院に着いた。


▲医聖堂
▲五色カエデ??



 ●来迎院

泉涌寺塔頭のひとつ。大同元年(806)弘法大師が荒神尊を祀ったのが始まりで、のちに前田利家らにより再興された。
この寺の檀家となった大石内蔵助が建立し討ち入りの密議をこらしたという茶室・含翠軒や、内蔵助の肖像画、遺愛の茶釜などが残されている。茶室の前には回遊式庭園「含翠の庭」がある。

来迎院は隠れた紅葉名所と言われるだけあって、森の中にひっそりと佇んでいた。特に荒神堂や本堂は紅葉に埋まるようにして建っている。境内には弘法大師が掘ったという名水「独鈷水」があり、その水を喜んだ大石内蔵助はこの寺に茶室を寄進したのだそうである。

少し離れた拝観受付から入り、茶室・含翠軒含翠の庭を見に行った。笹が生い茂る荒れ果てた雰囲気の中に建ち、密議の場に相応しい隠れ家的茶室と、どこからが庭園かわからぬほど周囲に溶け込んだ庭・・・。これは必要以上に手入れをしないのが良いとされる庭なのだろうか? とにかく笹が茂りまくりで熊が出てきそうなほど怖い。
時たま他の拝観者は来るけれど、それでもあまりにも淋しすぎる静かな時間が流れていた。

来迎院を出て、弘法大師開創・日本最古という稲荷社を横目に左へ折れると、すぐ泉涌寺仏殿北側の拝観受付に着く。
 (つづく)


▲荒神堂

▲茶室・含翠軒

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