箱庭的世界 >> 京都単独煩悩紀行 >> 史上最強の錦秋美・第1日目-1
【11月14日・詳細行程表】
 京都駅
  ↓(JR奈良線)  
 東福寺駅
  ↓(京阪本線) 
 鳥羽街道駅
  ↓(徒歩)
 光明院
  ↓(徒歩)
 龍吟庵
 ↓(徒歩)
即宗院
 ↓(徒歩)
東福寺方丈・通天橋   
 ↓(徒歩)
芬陀院
 ↓(徒歩)
天得院
 ↓(徒歩)  
霊雲院
 ↓(徒歩)
カフェ・ここはな
 ↓(徒歩)
東福寺駅
 ↓(JR奈良線) 
京都駅
 ↓
某ホテル


連休前の早めの紅葉狙いで、11月第3週の週末を選択しました。「平日の利点を生かして人気寺社にゆったり行こう!」という魂胆で休暇を取り、贅沢に4日間の行程を組んでみたりしまして。
ところがこの年は春の桜同様に紅葉も足がやたらめったら速い驚きの展開になり、11月上〜中旬の時点で既に「急激な冷え込みで近年に無い色づき!」という噂。思いがけず最高の時期に上洛できることになったのでした。
堤タクシーさんHPから情報を逐一得させて頂き、秋の庭園公開が約140年ぶりとなる天竜寺塔頭・宝厳院などを含め、やや無謀気味のアホな行程を慌ただしく組み直して11月14日、出発です。

初日は東福寺塔頭群を根こそぎ攻めることにした。すべてが紅葉名所というわけではないのだが、渋い庭園の静寂をゆったりと楽しめるはず。しかも徒歩移動だけですむので時間が大変有効に使える。
まず光明院を目指すのだが、翌日のために体力温存したいので東福寺駅で京阪本線に乗り換え、ひとつ目の鳥羽街道駅で下車した。東福寺駅から歩くと結構な距離を往復することになるので。


 ●光明院

明徳2年(1391)金山禅師による創建で、「虹の苔寺」の別名がある。
光明院庭園は昭和14年に重森三玲により作庭が始まり、24年の歳月を経て完成した。方丈前の波心庭は白砂と苔に多くの石を配した立体的な構成。背景に雲になぞらえたサツキの刈り込みと茶亭を置き、月が昇る姿を表している。

拝観受付の竹筒に各自志納金を入れることになっている。(意外と投入口が高い所にある。ちっちゃい人は免除?)このお寺では観光拝観業務はなさっておらずパンフレットなども無い。かえって「拝観させて頂く」という気持ちをあらためて思い出させて頂くことができた。

中へはいると、奥のふすまの向こうから波心庭の石組みがドーンと眼前に迫ってくる。間近で見る石組みと紅葉に見とれて写真撮りまくってしまうが、堂内を一番奥まで進んでから庭を見渡すと奥行きが感じられてさらに面白い。JR東海や渡哲也氏出演のCMに使われたこともあり、紅葉ポイントは多くないながらも趣深い紅葉名所と言えると思った。


波心庭

作庭は昭和の名造園家として有名な重森三玲氏。お名前の「三玲」は「みれい」とお読みする。三代に渡って日本庭園の設計と研究をなさっていて、ご子息が完途(かんと)氏、お孫さんが千青(ちさを)氏とおっしゃるそうである。あまりのかっこよさに清々しい感動を覚えてしまう。三玲氏の庭はいくつか拝見したが、斬新でかなり個性的なものが多いようである。奇をてらいすぎてしまっているかもしれないと言えないこともないような気がしないでもなかったりする・・・。

光明院から少し歩くと東福寺の大伽藍が見えてくる。六波羅探題南方の門を移築したと伝わる噂の六波羅門(煩悩!)から境内にはいると、左手に禅寺ならではの遺構・東司(トイレ)があるがそれについては後回しにするとして、まず本堂裏にある秋期特別公開中の塔頭2カ所へ直行した。

※北条時宗関連コンテンツ「六波羅探題プチ紀行」



 ●龍吟庵

東福寺第三世、また南禅寺開山である高僧・無関普門(大明国師)の住房跡。無関普門臨終の際には亀山法皇がここを訪れている。
方丈は現存する禅宗方丈の中では最古の建築で貴重なものである。方丈を囲む三庭は重森三玲作の昭和の庭。西庭の清光苑は龍が海中から天に昇るさまを表しており、周囲を囲む竹垣には稲妻模様や雷紋がほどこされている。

受付からはいると、方丈正面の白砂だけの庭を見つめつつ数名の団体さんが解説を聞いていた。
その後を通らせて頂き西側の清光苑を見に行ったのだが、うーむ、これはなんと表現すればよいだろう。龍が天に昇る様子はよくわかるのだが・・・ううう、私はこの庭からは感じるものが無いような気がしないでもなく・・・。東庭は敬愛の庭といい無関普門の幼少時のエピソードを表しているが、赤砂に石三個で若干無気味と言えないこともなく・・・。で、早めにそこを去らせて頂いてしまった。あの団体さんがたはいかなる感想をお持ちになっただろうかと非常に興味を覚えながら。


▲竹垣の稲妻模様!!

 ●即宗院

1387年、島津氏久により創建され、長く島津藩の厚い庇護を受けた。明治維新の際には西郷隆盛と勤王の僧・月照がこの寺の茶室に隠れ住み密議を交わしたという。西郷隆盛自筆の銘文の碑なども境内に残されている。
室町時代の作と伝わる庭園は自然の景観にあふれ、寝殿造系の原型を良くとどめている。

龍吟庵のすぐ隣に、同じく秋期に特別公開される塔頭・即宗院が並んでいる。
あの西郷どんと月照はんが隠れ住んでいたとは驚き桃の木ラッキョの木! 月照は清水寺成就院住職でありながら幕末の動乱で命を落とした勤王の僧として有名ですね。
ここの庭園は約200年前の名園カタログ(都林泉名勝図会)にも紹介された貴重なものだそうである。入り口近辺などはむしろ露地庭のような印象で、あまり寝殿造系っぽくないような気がしないでもないが(間違ってましたら申し訳ないです・・・)この風雅さや静寂感は隠れ住むのに最適かも(^^;) 〈つづく〉


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