箱庭的世界 >> 北条時宗 >> 謎の寺「正泉寺」紀行


【発見への経緯】

京都ばかりでなく地元の寺についても何か書こうと思い立ちました。観光名所でないお寺には檀家さん以外がみだりに覗き込んではいけないような近寄りがたい雰囲気が感じられ、そのため境内を訪れるのも調べるのもほとんど今回が初めてだったのですが。


まず2003年春の花見上洛後、フィルムが余っていたので(^^;) 千葉県某市の正泉寺で撮影した日暮れの鐘楼(楼門)です。で、その後コンテンツ作ろうと調べ始めますと・・・

この寺の元であった「法性寺」の開基は、なななんと
北条時頼の娘、桐姫(法性尼)
だというのです!!
仰天!これは北条時宗の姉に当たるかたではありませんか!
しかし、北条ファンの皆様ならご存じと思いますが、系図や吾妻鏡などには桐姫(本名は「桐子」なのか!?)というかたのことは載っていないようです。女性は系図に載りにくいという事情もあり、その点は理解できるのですが、出てくるのはとにかく寺の側の資料ばかり。で、当初は半信半疑だったのですが・・・


▲日暮れの鐘楼(楼門)と桜

寺を下見に訪れてみると桐姫生誕750年・新本堂完成の時の碑があり、桐姫について

    寛元四年(1246)5月生、母は讃岐局。
    東北行脚の途中、病のため弘長三年(1263)3月14日この地で没
(要約)

と刻まれていたのです。うぎゃー!!思わず碑の前であんぐり口を開けて固まってしまいました。讃岐局といえば実在した北条時頼の側室。時輔の母上ではありませぬか。
よって桐姫は時輔の2歳上の同母姉時宗の異母姉。こう具体的に出てきてしまっては一部のかたがたを巻き込んで一気に煩悩の嵐が吹き荒れざるを得ません。
で、本格的に謎の寺紀行を書かねばなりませぬな、ということになりました。 〈つづく〉


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